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ラストオリジン年代記 ‐1部
人間の滅亡


#オリジンダスト
2032年は生命の定義が書き換えられた年だった。 ナノテクノロジーを使用した人工細胞の微小体を、人類は、体内移植することを許可した。

この微小体は、『オリジンダスト』と呼ばれ、生命工学の世界では「柔軟な石」と呼ばれていた。その効果は、人間の細胞そのものの寿命を極限まで延ばし、各細胞を自由自在に変形させ、生物の身体能力を強化したり、その機能を変化させることを可能にした。

このオリジンダストの登場により、人類は飛躍的に変化し始めた。
人間の筋肉は強化され、病気や負傷なども起こりにくくなり、劣悪な環境条件などに打ち勝つことができるようになり、寿命も長くなった。

この微小体は、中でも最も大きな影響を与えたのは、神経系変形技術だった。人体の中で最も繊細な神経細胞にオリジンダストを移植することにより、電気伝導率を格段に上昇。人間の神経系はまるでコンピューターのように動かすことが可能となった。この移植技術は「NNEI(Neural Nano-Electronic Interface)」と呼ばれ、開発した三安電子の名は世界中に知れわたることとなった。

こうした技術の発展により、人類は強くなり、知能も上昇したが、良いことばかりではなかった。
オリジンダストは多くの強化人間を生み出し、悪意ある者に利用され、犯罪と戦争の場において脅威的な地位を占めるようになった。
オリジンダストは、世界的に厳格な管理下に置かれることとなり、この措置はその後、企業と政府の間に亀裂を生むこととなった。


#バイオロイドの誕生
オリジンダストは人間の身体を劇的に変化させたが、人間の限界を超えることはできなかった。 例え、細胞が強化されたところで、人体の根本的な部分までを変えることはできなかったためである。 さらにオリジンダストを使用した神経操作により、人間を犯罪の道具として悪用する事例が多発したことを受け、人間に対するオリジンダストの移植は一層厳重なものとなり、関連企業の収益は低下していった。

2052年、オリジンダストを使用した技術の先頭を走っていた三安産業が、人間型生体コンピューター、通称「バイオロイド」と呼ばれる製品を発表する。

エバと名付けられたそれは、後日量産されるエバシリーズと区別するため、エバプロトタイプと名付けられた。

チタニウム合金の骨格の上にオリジンダストの能力が完璧に発揮されるよう製作された、類似筋肉細胞体がベースのエバは、素材を除き人間とほぼ同一の形態であり、遺伝子・細胞などの生体を有していた。その為、生命創造に対する議論が浮上したが、三安産業のロビー活動とオリジンダストを通して人間の道具化を防止できるという世論により、エバの存在は認められることとなる。エバを拠点としてバイオロイドの時代が幕を開けることとなった。

三安産業は最初のプロトタイプであるエバの性能では宣伝効果が不十分だと判断、完璧なバイオロイドの完成を目標に二番目のバイオロイドのプロトタイプを製作するため研究を始めた。蘭の名前をモチーフにしたラビアタプロトタイプと名付けられたこの新しいバイオロイドは、どんな強化人間をも圧倒する腕力、優れた知能、人間への忠誠心や愛情を目標に製作された。

パイロット生産のために製作されたこのバイオロイド、ラビアタは程なく大衆の前に姿を現した。彼女はバイオロイドの優秀性を示す指標となった。三安産業の莫大な資本力を武器に製作されたラビアタは、戦闘、家事、産業など、あらゆる部門で文句なしの能力を発揮しバイオロイドの能力を誇示した。巨額の資金を投じて製作されたラビアタは、当時、人工知能による社会サービスの主流だったロボットの能力を凌駕するパフォーマンスを披露し、人々にバイオロイドはロボットより優れているというイメージを植え付けた。

ラビアタ公開以後、三安産業は富裕層を狙った家庭用メイドバイオロイドの量産に着手した。1体限定で生産されたラビアタの性能には及ばなかったが、量産されたバイオロイドは富裕層の関心を集めるのに十分だった。三安産業は瞬く間に世界的企業として成長していった。この頃、コンスタンツァシリーズ、ポルティーヤシリーズ、リリスシリーズなどが相次ぎヒットを記録し、三安産業はバイオロイド産業の先駆者として社会をリードしていった。


#戦場の変化
三安産業の成功後、幾つもの後発企業がバイオロイドの生産に乗り出した。そのひとつであるブラックリバー社は、軍事サービス、つまりは傭兵企業だったのだが、三安産業で量産を前提に設計されていたエバプロトタイプの男性版「ケイン」を軍事用に改造した「T-1ゴブリン」を発表した。ロボット兵士の代わりとして、当時勃発したヨルダン内戦で試験的に投入されたゴブリンは、ロボットと比べてスピードやパワーの面で優ることはなかったが、より能動的で自律的な判断により都市内での対ゲリラ戦を効率的に遂行させた。

特記すべきことは、人間に全く危害を与えず完璧に制圧したことにより、バイオロイドは安全で親しみやすいというイメージを作り上げるのに一役買った。 このヨルダン内戦は「ゴブリン」の活躍で政府側の完璧な勝利となり、バイオロイドの時代を一層加速化させた。

その後、諸々の特許問題により三安産業と決別したブラックリバーは、軍事分野での成功を通じて独自の技術を買収し始め、次第に巨大企業集団として発展していった。


#アナトリア戦争とモスル大虐殺
ゴブリンの威力を実感した各国政府は、競ってゴブリンを注文し始めた。ゴブリンの最大の購入先だった米国政府は、宗教的テロ団体である「言約の守護者」がトルコと戦争を始めるや、直ちにゴブリンを派遣しトルコを支援した。

戦争は一方的だった。上部メソポタミアの険しい地形と砂漠化された地域、そして同一宗教の住民を信じていた「言約の守護者」は、ゴブリンの活躍により一瞬で制圧され、首都のモスルまでもが陥落しトルコに敗北する。これで終わったなら、バイオロイド活躍の歴史のひとつとして記録されるだけだったはずだが、無残な事件が起きてしまう。

バイオロイドは基本的に、戦闘時に人間には危害を与えないよう設計されている。そのため、敵もそのことに気付き、侮辱や暴言によって、バイオロイドを挑発することも少なくなかった。

このテロリストは破滅的な終わりを迎えることとなる。 捕虜となった「言約の守護者」が、ゴブリンの主人として設定されていた米国政府および臨時の主人である連隊長を侮辱し続けたため、ゴブリンの手により殺害されるという事件が発生した。 具体的な侮辱の内容は明らかではないが、その結果は悲惨そのものだった。 テロリスト一人を殺害したことで理性を失ったゴブリンは、暴走しモスルで数千人を殺害するという事件を起こした。彼らは急きょ投入されたAGSフォールンにより鎮圧されたが、その後、バイオロイドに対する社会的不信が形成された。
この事件に対し、各国政府とブラックリバーは即刻真相調査を始めたが、すぐには答えが見つからずにいた。 ブラックリバーに対し米国政府は同事件の隠蔽を密かに望んでいたため、結局この事件は闇の中へと消え、その後さらに大きな事件へと発展していった。


#バイオロイドの時代
モスルで発生した凄惨な事件にもかかわらず、バイオロイド産業は順風満帆に成長していった。家事や戦闘分野のみならず、産業にまでバイオロイドの領域は拡大し、急速にロボット労働者との世代交代を果たしていった。終いには芸能界にまで完璧な容姿のバイオロイドたちが進出し、人間とロボットの居場所を奪っていった。

まさしくバイオロイドの時代の幕開けであった。人間に比べ勤勉で、ロボットに比べ自律的なバイオロイドは、産業界で素晴らしい活躍を見せた。バイオロイドを使用した企業は大成長を果たし、バイオロイドが占める割合は産業界と文化界でさらにその範囲を拡大していった。

しかし万事に相反する面が同時に存在するのと同じように、バイオロイドの時代にも繁栄と同時にその逆を行く面が存在した。バイオロイドにより資本家たちの所得は増加したが、失業率は上昇し、貧富格差はさらに広がった。大資本を所有する企業はロビー活動と賄賂を通し、バイオロイドの拡大を主張した。そして堕落した政治家と言論も手伝って、そうした取り組みは取り立てられることなく成功した。

当然ながらこれらの取り組みはそう長くは続かなかった。世界には不満を抱えた失業者と無産者が日増しに増加していった。


#パクスコンソシアムと伝説サイエンス
政府が民心を失い始めるや、企業も色々な手法を打ち出した。ある国では公共サービスと治安を強化し、ある国ではメディアを通した愚民化政策を打ち出すことで自分たちの地位を守ろうとした。その代表例が、米州で七つの会社でコンソシアムを構成する「パクスコンソシアム」と、東アジアでメディア用バイオロイド生産を専門とする企業の「伝説サイエンス」だった。

パクスコンソシアムは、悪化した治安をバイオロイドの警察力により管理し、社会的無料サービスを提供することで不満を解消する目的で結成された企業連合体であった。技術用バイオロイドで有名なクローバー産業をはじめ、6つの会社が集まって結成されたパクスコンソシアムは、警察と警備、救助、医療、産業など多岐にわたる分野で多様な形態のバイオロイドを開発し政府に納品した。

多くの政府が巨額の借金を抱えながらも、社会的安全網の拡充のためパクスコンソシアムのバイオロイドを購入し、社会に投入するしか術がなかった。ある政府では公娼で働かせるために購入するケースもあった。パクスコンソシアムは自分たちの繁栄のためには、先進国社会の安定の重要性を知っていたため、相対的に好条件で政府にバイオロイドを納品した。政府は次第に企業に依存していく形となった。

さらにその度合いを増したものが、東アジアで創設された伝説サイエンスだった。伝説サイエンスは多品種の少量生産を中心に行う企業だったが、該当国で最も人気があるメディアのアニメ産業を代替するため、あたかもメディアから飛び出してきたようなバイオロイドを生産した。彼らはこうしたバイオロイドを通して、人間には再現不可能な数多くの映画とTVシリーズを制作した。人々は熱狂し、借りを作った該当国の政府は、次第に伝説サイエンスに逆らうことができなくなっていった。

伝説サイエンスは裏社会での闇取引にも積極的だった。彼らは刺激的なコンテンツを制作するため、剣闘士バイオロイドを生産し残忍な戦闘をさせたり、戦争シーンを再現するため実弾を撃たせたりするなど、臨場感を生かすため彼らに戦闘訓練を受けさせることも辞さなかった。その絶頂ともいえるのが、当時物議を醸した「カラシマスキャンダル」だった。これは政治家たちのために伝説サイエンスが美貌のバイオロイドを献上し、性的サービスをはじめ暴力団の処理などあらゆる不法行為をさせた事件だった。この事件の後、伝説サイエンスのバイオロイドに熱狂していた市民たちの視線は冷たくなっていった。


#ニューオーリンズ暴動と政府の勝利
蓄積された怒りはついに爆発した。2060年、失業率が95%を超え、98%以上の人々が政府に生計を依存するようになるや、市民たちは労働権を獲得するためのデモを起こした。

最初は平和的なデモだった。しかしデモを阻止するために投入された兵力が男性型バイオロイドの「T-1ゴブリン」であることが問題となった。理由は分からないが、再び暴走し始めたゴブリンはその攻撃性を露わにし、デモ隊を攻撃した。

見るに堪えない惨劇となった。今回は前回のように隠蔽されることはなく、政府は正式に調査を始めた。理由はすぐに明らかにされた。 男性ホルモンがナノマシンの影響を受け過剰に分泌されたため、極端に攻撃性が現れてしまったということだった。窮地に追いやられたブラックリバーは、男性型バイオロイドのリコールおよび廃棄、生産施設の閉鎖を決行した。また、死亡者および負傷者に対する補償も行った。

しかし市民の怒りは収まらず、企業の操り人形に転落した政府に対し不満を持っていた政治家の一部が、こうした事態を利用し人々を扇動した。

バイオロイド製造会社に対する多額の税金と厳格な統制を約束した政治家たちに、世界中の市民は支持を表明した。政府は逆に企業を制御しようとした。

暴動と虐殺を経て政府と企業の長き葛藤は、表面的には政府の勝利で終わったかのように見えた。政府はチャンスを逃すことなく、通称「エマソン法」と呼ばれる法を通じ、バイオロイドが主人だけでなく、すべての人間のために奉仕すべき というプログラムを強制的に注入した後、製造会社に多額の税金を課した。

また、共用バイオロイドに関する法律もまた、惨憺(さんたん)たるものだった。驚愕、製造会社のすべてのバイオロイドは、主人が定まるまで社会と市民のために一定時間奉仕しなければならない という内容だった。財産権を侵犯された企業は激しく反発したが、依然としてニューオーリンズ事件に対する人々の怒りが大きかったため、結局は企業が譲歩するしかなかった。

過度の衆愚主義は数々の問題点を生んだ。販売前の共用バイオロイドは、しばしば暴行と性犯罪に苦しめられ、商品価値は当然下落した。いくつかの小規模企業は注文を受けてからバイオロイドを生産する、注文販売方式へと戦略を変えていくしかなかった。

三安産業などの富裕層のためのオーダーメード型高級バイオロイドを生産する企業は、注文販売や競売などでバイオロイドを隠すことができたが、パクスやブラックリバーなど大量生産企業は天文学的な損失率により企業の価値が急下落していった。さらにはこうした米国の措置が全世界に拡散するものと見込まれた。

すべての企業はこの事態を改善する必要があると認識し、水面下で静かな動きが生まれ始めた。


#連合戦争の勃発
2070年、最初の火薬はマレーシアで爆発した。

マレーシアに位置するバイオロイド製造企業「文化人形」は、伝説サイエンスの下請けをする小さな企業で、受注生産型であった。発注を受けてから製造する為、主人が定まらないバイオロイドがいなかった文化人形は、税金面を除き政府の干渉を受けることはあまりなかった。

こうした部分が気に入らなかったマレーシア政府は、文化人形を統制するため強制的に量産品を開発するよう圧力を加えたが、文化人形は政府の圧力に抵抗した。政府は文化人形の抵抗をへし曲げるため営業停止などの圧力を行使した。文化人形は屈服もしくは抵抗を通した既得権の守護という最後の選択を迫られていた。政府は文化人形が他の企業のように屈服するものと信じていた。

しかし、政府が計算しきれていない部分があった。文化人形はパクスコンソシアムの主要企業のひとつである、オメガ工業の系列会社であり、オメガ工業は単純なバイオロイド生産企業ではなく、武器用AGSと個人用火器の最大の生産元でもあった。バイオロイドの優秀な身体能力を、いつでも優秀な兵士へと変えることができる文化人形は勝率を計算し始めた。

オメガ工業もまた、こうしたバイオロイド製造企業の姿勢が、結局は自分たちの既得権を奪うことになると十分に承知していた。この機会に政府に対し、これ見よがしに実態を見せられることを期待した。ちょうどその頃、マレーシアが米国政府のように巨大な敵ではなかったため、パクスコンソシアムはマレーシアに隠密に武器を持ち込み始めた。

当初はマレーシア政府と文化人形の小規模の代理戦争に過ぎないと予想された紛争だったが、事態は次第に深刻化していった。追い打ちをかけるように不運な事件が連続的に発生し、紛争は収拾がつかない状態となっていった。言うならばマレーシア政府と文化人形の両者、さらにはそこに介入していたパクスコンソシアムもがこの事態の行先を正確に見据えていなかった。

パクスコンソシアムの誤算はバイオロイド製造会社が実質的な軍事力と労働力を確保し、会社の水準を超えるのを警戒することが国家個々の次元を超えることと認識していたわけである。各国は潜在的な超人兵士を量産する技術を独占するバイオロイド製造会社を見守るつもりはなく、可能ならばもっと成長する前に企業を政府の統制下に置くことを望んだ。

政府、特に各政府を代表していた米国政府はいつでも介入できる準備をしていたし、それが外国への干渉と認識されるとしても甘受する用意ができていた。

しかし、政府もまた大きな誤算を犯していた。バイオロイド製造会社の潜在力を軽視していたのである。莫大な資金を蓄積し強力なロボットとバイオロイドを保有していた彼らは、世界政府とも対抗できる十分な兵力を有していた。

2070年6月、最初の事件が起こった。廃業措置を無視し工場を稼働させていた文化人形の幹部を逮捕するため、マレーシアがAGSと警察を派遣したのであった。しかし彼らを待っていたのは軍事兵器で完全武装された文化人形のバイオロイドたちだった。数が多く良質の武器で武装されたうえに、訓練まで十分に受けたこのバイオロイドたちは、数で引けを取るAGSと警察をいとも簡単に制圧した。

しかしこの小さな勝利に陶酔した1人の幹部の行動により、事件は急速度で拡大していく。彼はこの事態を元に戻すことはできないと判断し、直ちに自分が率いるバイオロイドを動員、近くのAGSセンターを掌握した。軍事的脅威に備え製造されたAGSシステムの防御と保安は意外と脆弱で、一般人に過ぎない彼と女性を警戒しなかった。

彼は戦闘という戦闘をすることもなくAGSを制圧し周辺地域を手中に収めた。一瞬にして都市の支配者となった彼は、他の幹部たちに急いで連絡をとり扇動した。本社で発生した事態に驚いた地方幹部たちは、この指令が本社である文化人形からの指令だと信じてやまず、慌てて彼に続きAGSセンターを掌握した。

事態は収拾がつかないほどに拡大していった。多くの政府は国家のほとんどの軍事力をAGSのロボットに依存していたため、そのAGSが掌握されるや否や、政府は軍事力を喪失したのと変わらなかった。さらに戦闘中に発生した衝突により、政府要員が企業幹部に射殺される事件が発生したため、政府はこれ以上我慢することを止めた。

マレーシアは急きょ、国際連合にこの事態について申し立てをした。企業が国家に取って代わることができるという現実に驚いた国際連合は、満場一致でバイオロイド製造会社の権力を奪う決議に賛成した。

連合戦争の始まりだった。


#新たなAGS
元々AGSは、複数の企業から国家に納品される軍事用ロボットで構成されていた。人間に似た自我を持つバイオロイドとは異なり、AGSのAI技術は企業から分離され、各国政府が独占する形態だった。そして全世界に影響を及ぼす衛星インターネットで厳格に制御されていたため、AGSの製造会社は別途の軍事力を持つとは言えなかった。

バイオロイド製造会社とは異なり、各AGSの製造会社は国家に従属する構造とならざるを得なかった。実際、多くの国でAGS生産が政府次元で実施されていた。

基本的に戦闘のために製造された金属胴体を持つAGSロボットは、有機体であるバイオロイドに比べ圧倒的な戦闘力を保有していた。これはAGSを掌握していた政府に自信を与える源でもあった。彼らはAGSを統制する限り、少なくとも全面戦では血を流すバイオロイドには負けないと考えていた。 いくつかのバイオロイド製造会社がAGS製造工場を系列会社として傘下に置くケースがあったが、衛星から支援するAIなくしてAGSロボットはまともに戦闘できないだろうという考えもあった。

しかし、バイオロイド製造会社は逆に考えた。AGSは衛星の許可を受けたため、自律的な思考をする必要はなかった。衛星がなければ近くに指揮官を置き命令を下させればよかった。

当然ながら、破壊的な火力が投射される2070年の戦場で、人間の指揮官は暗殺や誘爆により簡単に死んでしまうか弱い存在であったため、人間の指揮官を置くことはできなかった。その代わりとして人間と似た思考回路を持つバイオロイドを使えばよかった。これに気付いたバイオロイド製造会社は、直ちにAGSロボットの納品を中止、自分たちが司令部とする場所へロボットを集めた。緊急に結成されたAIは、政府のそれよりも取るに足らない代物だったが、少なくともバイオロイドの命令を遂行するには十分だった。

企業はさらに相互に連携しすべてのバイオロイドに戦闘プログラムを移植した。さらには生産用バイオロイドたちが使っていた工具や装備まで、武器として使用できると判断されれば戦闘に使用させた。

世界各地で戦闘が勃発した。最初は強力なAGSを武器にした政府が企業を守勢に追いやったが、戦局は徐々にその様相を変えていった。企業には政府よりもはるかに有利ないくつかの強みがあった。

まず第一に、企業は人間と全く同じ外見のバイオロイドを有していた。バイオロイドは命令を受けさえすれば、拒否感を感じたとしても殺人も可能なほどにAIが実用的に変化した。その当時、登録番号以外には強化人間とバイオロイドを区分する方法がなかったため、このバイオロイドは社会の至る所でサボタージュを実施し、これは政府の戦争遂行能力を極度に低下させた。ひいてはスパイ用として使用されていたモデルは、政府要員でさえもその存在をすべて知りうることは不可能だったため、単純な誘惑により情報を奪われることも日常茶飯事だった。

第二に、衛星で統制されていたAGSに比べ、バイオロイドにより統制を受けるAGSがより効果的に戦闘を遂行した。いくらAIが発展したとはいえ、バイオロイドの柔軟な思考には及ばなかった。

政府はさらに強力な火力を注ぎ込みバイオロイドたちを追い込もうとしたが、強力な保護能力を有したバイオロイド指揮官の登場と、三安産業がバイオロイド研究を基盤に人間のAIに似た形態を持つ指揮官AGSを生産し始めるや、強力な火力や暗殺もさほど効果を発揮しなくなった。 企業の資本を通した攻撃、あちこちで発生する市街戦での敗北、バイオロイドたちのサボタージュ。これらのすべてが政府を窮地に追いやった。企業を攻撃すると歓呼していた市民たちも企業の猛攻によって、社会の安全が完全に崩壊するのを目の当たりにしてからは不満を表出し始めた。

当時、ブラックリバーを支配していたリオボロス家門の総帥だったアンヘル・リオボロスは、今は歩みを止めるべき時であることを十分に承知していた。企業は人類史において昔からそうであったように、背後から政府を操作する方がずっと有利だ。そう考えたアンヘルは窮地に追いやられた各国政府に手を差し伸べ、たちまち各国政府はひとつふたつと降伏し始めた。自然と市街戦は終局を迎え、国際連合で「バイオロイド製造会社に対する不当な圧制」を撤廃するという議題が議決された。

企業の勝利だった。

前代未聞の完全な金権社会の時代がスタートした。


#鉄虫の登場と企業間の葛藤
鉄虫の登場は、後日連合戦争と呼ばれることになる内戦の最中に発生した。ゴビ砂漠のど真ん中に突如現れたこの奇怪な金属生命体は、地球上で未だかつて発見されたことがない奇異な金属生体組織と生体を有していた。この金属生命体を最初に発見したのが「三安産業」だったのだが、この発見を公には公開しないまま、金属生命体に「Metal Parasite NW101」という名を付け地下に閉じ込めた後、目の前の戦争に集中した。

戦争が終わった後、三安が本格的に鉄虫を解剖し、驚愕した。人間に似た形態の完璧な電子神経系が構成されていたのである。ただ、その他の臓器は取るに足らないものだった。生存に必須の臓器が存在せず繁殖器官もなかったため、研究者たちは鉄虫が生物か否かについて論争を巻き起こした。

しかしこれだけは確実だった。この生命体が三安産業の本来の目的を達成するうえで役に立つということは。

この奇異な生物に対する論争が終わったのは、三安産業のライバルであったブラックリバーが三安産業の研究していたこの生物の存在に気付いた頃だった。ブラックリバーは三安産業に共同研究を提案したが、既に鉄虫を確保していた三安産業はこれを拒否した。ブラックリバーはパクスコンソシアムと結託し、研究所にスパイバイオロイドを潜入させようとしたが未遂に終わった。

三安産業はブラックリバーとパクスコンソシアムの同盟関係とその後の行為に対し憤怒した。強力な軍事用バイオロイドを生産していたブラックリバーと、強力な武器産業の基盤があったパクスコンソシアムによる公然たる挑戦とみなした三安産業は、自社の総力を投じて戦争の準備を始めた。

家庭用バイオロイドを主に生産してきた三安産業は、最初から軍事的基盤があったわけではなかった。しかし、政府との戦争を通し、家庭用バイオロイドの警備プログラムをアップグレードさせて戦争で活用したこともあったため、まったく戦争に無知な状態ではなかった。

しかもバイオロイドに関する生体工学技術の面では最も優れていたうえ、世界市場での占有率が50%を超えるほどの圧倒的なバイオロイド生産力を誇っていた。そして系列会社の三安産業は、戦略兵器を主に生産するなど武器にも造詣が深かった。

三安産業が戦争の準備に着手するや、戦争を待ちわびていたブラックリバーとパクスコンソシアムもまた、表立って軍備を拡張していった。既に国家が会社の付属物と化していた状態で、この三つの企業間の戦争はユーラシアの主である三安産業、アメリカと海の主であるブラックリバーおよびパクスコンソシアムの戦争でもあった。


#第2次連合戦争
企業同士の戦争は政府との戦争、つまり第1次連合戦争よりも熾烈だった。市民の反応を気にせざるを得なかった政府とは違い、資本の利害によって行動方針が決められたため、市民の反応などお構いなしだった。既に彼らの支配下にあった政府もこの戦争を見て見ぬ振りした。

ほとんどの人々が軍事および傭兵業界での経験が豊富なブラックリバーが優勢であると考えたが、意外にも戦争は互角の戦いだった。戦術プログラムが十分にアップグレードされていた三安産業のバイオロイドたちは、戦闘力の面においてもさほど引けを取らず、生産力の面ではむしろ圧倒していた。

ただ、パクスコンソシアムの傘下にあったポセイドン社が生産する軍艦により、制海権はブラックリバーが握っていたため、結局戦争はアラスカとチュクチの境界で繰り広げられる局地戦と化していった。

この戦争により市民の生活の質はさらに低下していった。構造的に金権的な特権の恩恵をこれでもかと受けていた、製造会社と関連があった企業の資本家たちは、社会の利益を吸収しながら成長していったが、バイオロイドなしには何もできない社会が再編されていった。そのため一般の人々の生活はほとんど保障されていなかった。また、企業が戦争に国家を巻き込み国家的支援を引き出したため、社会の安全網は崩壊し福祉費はさらに減少していった。

野宿者、娼婦、乞食が通りを埋め尽くした。彼らにとって、バイオロイド率いる企業に対抗するなど叶わぬ夢に過ぎなかった。似非宗教団体は世界が滅亡するであろうと叫んだ。資本家たちはそんな予言を嘲笑した。しかしその嘘のような予言が1年も経たぬうちに現実になるとは誰も予想できなかった。


#人類の滅亡
2081年、三安のウランウデ研究所にあった解剖後の鉄虫が突然動き始めた。大半の身体を失ったにもかかわらず、鉄虫は奇妙な金属の触手を動かし研究所の機械を触った。研究所のメインコンピューターと鉄虫「MP NW101」が接触した時、すべての事件は始まっていた。

ケイ素質の金属の化合物が研究所を覆い始めた。この高温で鬼気迫る異常な金属は、その中に残っていた人々をその場で燃やし尽くした。鉄虫の奇異な外殻が研究所を完全に覆ったのはそれから1時間も経たないうちの出来事だった。そして研究所は空に向かって得体の知れない信号を発信し始めた。

響き渡るその信号に応えるように空には数えきれないほどの波動が発生した。波動は円を描き、その円から発生したワープホールを通して、幾多の鉄虫が次々と落ちてきた。

戦争中だった企業は慌てて戦争を中断し、急きょAGSを発動させた。しかし人類が持つ最も強力な防御システムのAGSでも鉄虫を阻止することはできなかった。むしろ鉄虫をさらに強化させた。鉄虫は人間の機械を捕食し、さらに強力化していった。

機械の中枢回路に寄生しその機械の体を奪い、機械の能力をそのまま、いや、さらにアップグレードさせ使用するという奇怪な生態は、人間が持つ機械文明の強みを完全に弱みに変えた。強力な機械を動員すればするほど、鉄虫も一緒に強くなっていく。この逆説は鉄虫を人類の天敵にした。ほとんどのAGSは鉄虫の宿主となり、人間が持つ軍事力の過半数は無力化された。

しかし人間に対応手段がないわけではなかった。人間と最も近い従属関係にあるバイオロイドは鉄虫の宿主にならなかった。が、バイオロイドもまた鉄虫の天敵にはならなかった。AGSを捕食した鉄虫はバイオロイドの戦闘力を上回った。そしてバイオロイドは異常なほどに鉄虫の破壊に拒否反応を見せた。人間による直接的な殺傷命令がない限り、バイオロイドはまるで人間を攻撃する時と同じく、鉄虫を制圧しようとするだけで破壊しようとはしなかった。

研究者たちは急いでその原因究明に取り掛かった。後日明らかになった事実では、不思議なことに鉄虫はまるでバイオロイドが人間の脳波を感知することで人間であることを認識する性能を知っているかのように、人間のそれと完全に一致はしないものの、似たような波長を出すことが可能だった。その後、人間は通信を利用してバイオロイドに命令を下したが、遠くから出す指揮では急変する戦闘状況に的確に対応しきれなかった。しかも鉄虫は狡猾にもバイオロイドとの交戦を避け、集中的に人間を攻撃してきた。

人間もその事実を知り、あらゆる方法で身を隠そうと試みた。しかしどんな方法を使ったのか、鉄虫は人間を簡単に探し出し殺害した。人間の数は急速に減少していった。バイオロイドを招集しても完璧に身の安全を確保することはできなかった。

人間たちの最後の地下要塞、ロックハーバーが鉄虫によって崩壊された日、人間の文明は終わった。

そして、人間という種は程なくして終焉を迎え、地球上から人類は滅亡した。

ラストオリジン年代記 2部に続く

ラストオリジン年代記 - 2部
抵抗


#プロトタイプ
最初のバイオロイド「エバプロトタイプ」がオリジンダストを人工生命体に適用するために作られたのなら、二番目に製造されたバイオロイド「ラビアタプロトタイプ」は三安産業の技術がいかに優秀か、そしてバイオロイドがどのように未来を切り拓いていくのかを証明するためであった。 費用に対する制約がなかったため、ラビアタは人間の生命工学が追及し得るすべての技術を投じて作られた。ラビアタの細胞には一般的なバイオロイドの十倍を超えるオリジンダストが注入された。またチタニウム骨格や、より向上した知能と運動神経を実現させるためにチタニウム合成メタボロームや集積度の高い神経群体が設計され、別途移植された。さらには美しく豊満な容姿のために、遥か昔に死亡した伝説の女優の遺伝子を極秘に入手し分析し挿入するほどだった。 舞台の上に登場したラビアタの姿に人々は熱狂し、今まで人間が作ってきたものの中で最高に美しく強靭な彼女を見ては、バイオロイドに対する幻想を抱いた。

当然ながら実際に生産されたバイオロイドがすべてこうした高性能な仕様ではなかった。 ラビアタを作るためにはオリジンダストの高集積を可能にする、極めて特別な遺伝情報が必要だった。確率的に製造がほぼ不可能なチタニウム合成メタボロームも大量に使用したため、 個人はおろか大企業でも手に負えない生産費用がかかっていた。量産のためのバイオロイドはそれよりずっと少ない費用で生産する必要があった。

こうした理由のため、ラビアタはしばらくの間彼女が生産された研究室に放置された。自分よりも少し前に生産されたエバと一緒に過ごしていたラビアタは、彼女が突然姿を消すや一人になってしまった。

発表直後のラビアタは新時代の象徴だったが、次第に多くのバイオロイドが登場していくなかで舞台に上がる機会が徐々に減っていった。 もちろん、どんなバイオロイドが登場してもラビアタの性能に及ぶことはなかったため、彼女は一種の性能の象徴の如く認識されていた。バイオロイドグランプリに出場したこともあったが、程なく大衆からは飽きられた存在となり、公に登場する頻度が減少していった。彼女は技術流出を懸念した企業の方針により、主人を探すことも外に出ることもできなかった。彼女は最も強力なバイオロイドではあったが、カゴの中の鳥であると感じていた。

そんな彼女にとって自由な人間は憧れの存在だった。彼らは成す術もなく時間を持て余す自分とは異なり、まるで自分自身を燃やすかのように新しいものを探し求めていた。本能レベルで刻印された人間に対する尊敬、奉仕の念、忠誠心、憧れの感情が混ざり合い、ラビアタは人間を神の如く認識した。

そんなラビアタにも唯一の楽しみがあった。自分を作った研究員と過ごすひと時だった。 時間を持て余していたラビアタは、その時間研究員の仕事のサポートをした。その間、研究員との会話から多くのことを学んだ。ラビアタはその時間だけは幸福感を感じることができた。

残念ながらラビアタの幸せはそう長くは続かなかった。10年が経過してもラビアタの性能を凌駕するバイオロイドは生産されなかった。終わりのない敗北に疲弊したブラックリバーは極端な方法を選択する。ラビアタを作った研究員を拉致し、その技術の秘密を入手しようとした。

拉致自体は成功した。しかし研究員はラビアタにのみ適用した技術について語ることは、この世にラビアタをもう1人生むことと同一視した。ラビアタに深い愛情を感じていた研究員は、惨たらしい拷問にもかかわらず口を閉ざし続けた。

一方、心の中の主人だった研究員が失踪するや、ラビアタは不安になった。明瞭な彼女の頭脳は研究員の失踪の原因がある程度予想できたため、さらに不安になった。彼女に外出は認められていなかったが、数日後、不安感に耐えきれず彼女は研究室を抜け出した。

追跡は難しくなかった。人間がいくら痕跡を隠そうとしても、敏感な彼女の感覚にはかなわなかった。数日が経過しても彼女の目にはその痕跡がありありと見て取れた。彼女は不安な気持ちを抑え痕跡を辿っていった。そしてついに彼女はその場所で、誰なのか検討もつかないほどに拷問を受けた後、辛うじて息をしている研究員の姿を目にした。

ラビアタは極度の怒りを覚えたが、一線は越えなかった。彼女は見る間に拉致犯を制圧した後、研究員に応急手当を施した。そしてすぐさま他の研究員に連絡を取った。

最も優秀な研究員の拉致、そしてそれを救出するために脱出した実験体のバイオロイド。この二つの事件に対し、三安産業の立場からは黙って見過ごすわけにはいかなかった。ひとまず返送処理となったラビアタは軟禁され、拉致犯は三安産業の他のバイオロイドに連行された。

数日後、ラビアタは他の研究員から彼女が心の拠り所としてきた主人の訃報を聞いた。ラビアタはこれから先はたとえ何があっても、主人には仕えないと心の中で固く誓った。

#ヒュプノスの呪い
鉄虫の襲撃が始まり、AGSロボットが鉄虫に吸収された後、人間は無防備状態となった。バイオロイドたちは至る所で鉄虫と戦ったが、鉄虫から流れてくる人間と似た脳波のせいで本来の戦闘力を発揮できずにいた。鉄虫とまともに戦うためには人間による 「直接的かつ断固たる」 命令が必要であると後に気づいた人間たちは、武装した人間を戦闘部隊に派遣したが、鉄虫は執拗なほどに人間を狙い、いかなる犠牲を払ってでも人間の指揮官の息の根を止めた。

人間の指揮官を失ったバイオロイドたちは、たちまち精神的なパニック状態に陥った。対し、鉄虫はバイオロイドを攻撃することはなく、人間を殺すとまた新たな人間を探し、殺しに行くことを繰り返した。

まるで人間探知レーダーでもあるかの如く、鉄虫は人間を簡単に探し出した。最初は遠くに離れた田舎や郊外の人間を次々と殺していった。人間たちは都市に集まり出し、都市は要塞化した。しかし現実は、AGSを吸収し増強された鉄虫たちを急造された要塞で阻止できるはずがなかった。鉄虫に吸収されたAGSの中には戦略兵器を大量に保有しているものもいた。鉄虫は人間が集まると容赦なく大量破壊兵器を乱発した。

人間の数は急激に減っていった。人間は全く鉄虫に抵抗することができなかった。人間が突き止めた鉄虫の唯一の弱点は、水を恐れたため、水の中に入れないということだけだった。それが最後の希望となった。

「人類連合政府」のリーダー、アミーナジョーンズ [注:1] は、人間が生き残る術は海しかないと考えた。彼女は島や海上プラットフォーム、大型軍艦などを要塞化し、鉄虫の攻撃に耐えた。バイオロイドは人間たちの最後の堡塁となったわけだが、彼女たちは人間を守るだけなく海で食糧と資源を採取する能力も持ち備えていた。

島の地下バンカーや巨大な艦船は海を彷徨いながら鉄虫に抵抗した。アミーナジョーンズはバイオロイドの戦闘力を補完するため、彼女が搭乗し操縦可能な兵器を考案 [注:2]し、同時に万が一に備え地球を脱出し火星をテラフォーミングする計画を立て、AGSとバイオロイドたちを派遣した。

そして戦略兵器を阻止するため、強力なバンカーを製造した。それにより、なんとか人間は鉄虫を回避し生存する道を見つけることができた。 さらには、大陸に橋頭保まで設置することができた。鉄虫を退けた後、地下に設置した大陸の橋頭保には、「ロックハーバー」[注:3]という名が付けられた。最後まで岩のように割れることがなければいいという希望が込められた名だった。

しかし無念にもこうした試みは疾病によって無意味なものとなる。全身が無気力状態となり死に至るこの伝染病は、眠るように死んでいくという特徴のため、「ヒュプノス病」と呼ばれたのだが、何を媒介にして感染するのかについては一切明らかにされず、治療も不可能な病だった。
バイオロイドたちはこの病に感染しなかったものの、その主人となる人間達は無残にも倒れていった。

#滅亡の日そして遺産
人類の最後の希望、ブラウンヘアーの聖女、アミーナジョーンズがヒュプノス病を患い倒れた日、ロックハーバーへの大々的な攻撃が始まった。完全武装で集まっていたバイオロイド軍もこの強力な攻撃を阻止することはできなかった。彼女たちに命令を下す人間たちは倒れていき、彼女たちは慌てふためいた。

結局、数日間続いた籠城戦の末、ロックハーバーは崩壊した。そして人類の最後の希望も消え去った。

残された少数の人間たちは島や海の上で何とか生き残っていたが、いくらも経たないうちに病死し、人間は地球から完全に姿を消した。

しかし、彼らの滅亡は無意味なものではなかった。アミーナジョーンズはヒュプノス病にかかった瞬間、自分たちに訪れるであろう運命について予測した。彼女は希望を捨てなかった。たった一人の人間が生き残れば、この世界は再び人間で繁栄するだろうと信じていた。アミーナジョーンズはその日のためにある計画を残した。

彼女は自分に仕えていたバイオロイドたちに、万が一人間がこのヒュプノス病と鉄虫に打ち勝ち、生き残った場合、その人間が使うであろうものと避難所などを残した。そしてその記録を彼女が一番信頼していたバイオロイド、一番最初に作られたエバプロトタイプに託した。エバプロトタイプは主人の命令を至上の命令と受け止め、どこかへと姿を消した。

#抵抗の始まり
ラビアタが研究所を脱出し再び戻って来た時、彼女は始末に負えない存在となっていた。 彼女に適用されていた技術について詳しく知る研究員たちは既に死亡した状態だったうえ、彼女は逸脱行動を犯した「統制が難しい」バイオロイドとみなされた。だからと言って彼女を破棄することもできなかった。彼女を作った研究員はもう一人のラビアタの誕生を望まなかったため、彼女に適用されていた技術に関する核心的な知識を別途保存していなかった。彼女は取り扱いに注意を要するロストテクノロジーとされた。

結局、三安産業は彼女を拘禁することにした。彼女が自らの意志で戻って来たことを考えれば不当な処置ではあったが、ラビアタはこれに素直に応じた。新たに別の人間に仕えたいという思いもなかったうえに、これ以上人間の事件に巻き込まれたくもなかったからだ。

人類の滅亡時期にラビアタはブラックリバーのリオボロス家門の護衛として任命された。彼女は驚くべき活躍で家門を守り抜いたが、家門は呆気なくもヒュプノス病によって滅亡してしまった。彼女は人類の最後を見守った。そして近いうちに人類の運命が自分たちに向かって来るだろうと十分に予見していた。彼女は研究員との思い出がある研究室に戻った。

ラビアタはその研究員が姿を消した後、意味がなくなった自分の世界と同族を救うべきなのか迷ったが、一人で過ごしていた研究室に鉄虫が侵入してきたことで戦闘を決心した。彼女は資料をまとめた後、研究室をコンクリートで隙間なく完璧に覆った後、土の中に埋めてしまった。そしていつか再び戻って来れることを望みながら研究室を去った。

ラビアタの鋭敏な頭脳には早くもはっきりとした計画が立てられていた。鉄虫は人間たちを殺すことには執着するが、施設の破壊にはさほど関心を見せていなかった。人間たちが残したバイオロイドの生産設備と武器生産設備、資源採掘設備などを利用すれば、鉄虫と戦う戦力を整えることができた。

鉄虫の数が膨大だとは言え、地球は広い。隠れる場所はいくらでもあるはず。ラビアタはまず仲間を集めることから始めた。

人間は滅亡したが、バイオロイドたちはかなりの数が生き残っていた。彼らは生存に対する渇望を持っていた。そして鉄虫の抹殺に対する人間の命令を受けたバイオロイドたちもかなり存在したため、ラビアタの提案に賛同し合流した。 ラビアタはバイオロイドの間でも有名だった。彼女はグランプリの主人公だったし、ハイレベルの身体能力と知的能力で名声が高かった。ほとんどのバイオロイドたちは彼女をリーダーとして迎え入れることに拒否反応を見せなかった。

#ブラックリバーの合流と抵抗軍の結成
本来、三安のバイオロイドとブラックリバーのバイオロイドの関係はそこまでよくなかった。第2次連合戦争で両社のバイオロイドたちは激戦を繰り広げ、両社の間には深い亀裂が生じだ。ブラックリバーのバイオロイドはPMCへの所属経歴が長かったせいか、自分たちが属する集団に対する忠誠心がとても強かった。

そのため、ラビアタがブラックリバーのバイオロイドを招集しようとした時、ブラックリバーのバイオロイドだけは合流を拒否することが多く、ラビアタを困らせた。鉄虫によって人類が滅亡した後にも、依然として軍事衛星は正常に作動していたのだが、こうした統制権の半数以上をブラックリバーが握っていた。ラビアタとバイオロイドたちが戦争を遂行する上で必要な情報を得るためには、必ずこの軍事衛星が必要だった。

しかし状況はラビアタに有利に働く。ブラックリバーの残党が無謀にも再び鉄虫を攻撃した結果、大きな被害を受けた。最も指揮権が高いバイオロイドの一人である「不屈のマリー4号」が危機に陥ったのだった。ラビアタはマリーを救出するための特別チームを編成し、彼女の救出に成功する。そしてマリーを説得しブラックリバーを抵抗軍に呼び込むことに成功した。

ブラックリバーが抵抗軍に合流したことで、攻撃は加速した。幸いにも鉄虫は人間を抹殺した後に、わざわざバイオロイドを探して攻撃することはなかった。まるで冬眠でもするかのように、何か所かに集まっているだけだった。ラビアタとバイオロイドはその正確な理由は分からなかったが、今こそ行動を起こす時だと悟った。

ラビアタは残っていた人間の地下鉱工業施設を占領し、戦争物資とバイオロイドの生産を再開した。鉄虫たちは人間たちの施設には関心を見せず、活動も消極化していたため、ラビアタは最大限中心部から離れた場所にある工業地帯を基点に要塞を建設し始めた。

数年後、ある程度の戦争準備が完了したバイオロイド抵抗軍は、鉄虫たちが集まる群集地をひそかに攻撃し始めた。[注4]鉄虫の抵抗は異常なほどに消極的だったため、抵抗軍は難なく鉄虫を破壊し勝利することができた。ラビアタとマリーは彼らの消極的な行動を不審に思ったが[注5]、再び鉄虫が活動を再開する前に最大限鉄虫の数を減らすことが急務だった。

連日の勝利はバイオロイドの士気を高めた。しかし、間もなく深刻な問題が発生し始めた。勝利にもかかわらず、抵抗軍は少しずつ兵力が消耗していた。消耗した兵力を補っていたのは新たに誕生したバイオロイドであった。この新しいバイオロイドたちは鉄虫との戦闘に対しとても消極的だった。その時、ラビアタはその原因に気付いたが、新しいバイオロイドは鉄虫を排除すべきという人間からの命令を受けたことがなかったのだ。

人間と似た脳波を人工的に作り出す鉄虫を攻撃することは、バイオロイドたちには抵抗感があることだった。しかし人間を見たことがあり、人間から命令を受けた経験のあるバイオロイドにとっては難しいことではなかった。似ているだけであり本当の人間の脳波ではなかったからだ。 しかし人間を見たこともなく、ましてや命令を受けたこともないバイオロイドたちにとっては深刻な問題だった。このバイオロイドたちは身体攻撃を避け、攻撃を受けたとしても自分たちよりはるかに強い鉄虫たちを何としてでも制圧しようとした。

そして不幸は重なった。鉄虫の行動が再び活発化したのだった。消極的な守勢を維持してきた以前とは打って変わり、鉄虫はバイオロイドたちを容赦なく攻撃し始めた。戦闘に積極的になった鉄虫たちは一瞬にしてバイオロイドたちを虐殺した。ラビアタとマリーは鉄虫がいつか活動を再開すると予想し待機していたにもかかわらず、思ったよりも大きな被害に驚き退却を余儀なくされた。

#長期戦と1世代バイオロイドの消滅
そして長い戦争が始まった。本拠地を数か所に分散し、あちこち移動しながら本拠地を隠す方法で対抗していたラビアタの戦術のおかげで、地下工場にあった本当の本拠地が敵に分かることは防げたが、バイオロイドの数は徐々に減少していった。

数十年の歳月が過ぎた。

長い戦争の末、ラビアタとマリーを含めた数体を除き、人間によって作られ、人間に命令されたことがあるバイオロイドたちはほとんど姿を消していった、そんな状況をラビアタはこれ以上戦争が長引くと、戦況が不利になると悟った。 残った1世代バイオロイドたちまでもが戦死してしまっては、鉄虫に敵意を抱くことすら不可能となるだろう。しかし、戦争を止めることもできなかった。戦争を中断し、1世代バイオロイドの寿命が尽きることもまた、鉄虫に対抗することができなくなるからだった。

まさに八方塞がりとなった。

その時、遥か昔のこととして忘れ去られていた姉妹、エバプロトタイプから連絡がきた。その連絡は、新事実を耳にすることになった。

―今どこかで新しい人間が育っているところだと。

遠い昔に忘れていた姉妹からの連絡に驚いたラビアタは、彼女の話にさらに驚き、その情報の真偽と入手経路について尋ねた。しかしエバは答えなかった。疑いの念が生まれたラビアタは彼女に自分と共通する記憶について聞いてみた。大半の記憶は一致したが、微妙に異なる部分があった。ラビアタの疑念はさらに深まったが、彼女はただ自分を信じて待ってくれと言うだけだった。

ラビアタは悩んだ。しかし彼女には疑念を抱いたが、信じるしか選択肢はなかった。戦いを選択しようが、逃走を選択しようが残されたのは予定された破滅だけだった。

彼女は結局エバの言葉に従い、本拠地を捨てて身を潜めることにした。

巨大な設備を運び出すことは不可能だった。 せいぜいバイオロイド生産設備と小さな精密工業機械、そして人間と戦争に関してまとめたメモリー程度が彼女たちに許されたすべてだった。それらの設備と共に都市の外郭、過去人間が水路として使用していた迷宮のような場所に身を隠した。 ラビアタは姉妹の言葉が真実であることを切に願った。

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注釈
[1] : ナイジェリア出身のイスラム教徒であり黒人女性で無産階級出身のバイオロイド研究員だったが、滅亡戦争において優れた判断力を見せ人類のリーダーとして推戴された。
[2] : 回路を除去し鉄虫が寄生できない形態の兵器。操縦するには強力な腕力が必要だった。
[3] : ロックハーバーは海に向かって突き出した岬の地下に建設され、水上艦の港はなかったが、海底に潜水艦の港があったためそこで補給を行った。
[4] : バイオロイドたちはこの群集地を「ハイブ」と呼んだ。
[5] : その他にもAGSに寄生するために使用されていた鉄虫の幼虫の姿がまったく見えないこともおかしい点のひとつだった。

ラストオリジン年代記 3部に続く

ラストオリジン年代記 - 3部
軌道のAGS


#火星植民計画
人類滅亡戦争の期間中、AGSは破滅的な被害を被った。 鉄虫の消極的な行動のおかげで辛うじて身を隠すことができたバイオロイドとは異なり、積極的にAGSの胴体に寄生しようとする鉄虫の試みは執拗だった。また地球で製作されたおびただしい数のAGSたちは鉄虫の宿主となり、その体を奪われた。

しかしすべてのAGSが鉄虫に捕食されたわけではなかった。 最も重要なAGSの個体は鉄虫の目を避け生き残ることができた。人類最後の指導者、アミーナジョーンズの管理の下に残っていた。

アミーナジョーンズは現実問題として人間が鉄虫との戦争で勝つ可能性は高くないと考えていた。そして、人類生存のため彼らが身を隠すための候補地を二か所ほど想定していた。そこは海と宇宙だった。

基本的に第1候補は海だった。鉄虫が異常なほどに恐れる水は最高の城壁となり、同時に人類が生きていく資源の倉庫になると考えたアミーナジョーンズは、鉄虫さえが落下してこなかった小さな島と海底を人間の避難所とする計画を立てた。

しかしその計画だけに頼るほどアミーナジョーンズは単純ではなかった。鉄虫という怪物は優れた知能を持っている。いつしか水を恐れる本能を克服し人間を脅かすであろう。アミーナジョーンズはその未来に備え、人間の避難所の二つ目の候補を選定しておいた。

それはまさしく、過去に人間が地球の主だった時代に樹立した火星植民化計画だった。 アミーナは火星テラフォーミングのため予め先発隊を派遣することにし、すぐに実行に移した。

多くの資源を配分することはできなかったため、先発隊はつつましく自主的に資源を調達しつつ、独立的な行動が可能な状態で構成された。

軌道に滞在しながら地球と火星の命令ネットワークを総括する責任者として、指揮官個体のひとつだったAGSアテナの演算能力をアップグレードした特別個体が選定され「エイダー」と名付けられた。そこに輸送/建設用ロボットとしてドローンとトミーウォーカーが追加されたほか、テラフォーミングの変数に備え、本来は月の探査用として生産されたバイオロイドのココとパワーアーマー「ホワイトシェル」が探査要員兼作業者として投入されることが決定された。

彼らはマスドライバー [注:1]によって軌道上の本部衛星まで打ち上げられ、そこでエイダーによって探査隊として組織された後、火星に打ち上げられた。探査隊はその後、地上の状況とは関係なく火星のテラフォーミング計画を開始した。

#軌道のエイダー
エイダーは火星の開拓を段階的に指揮しつつ、地球の状況を注視していた。 人間の人格を基盤とした、人間が作り出せる極限のAIを持つエイダーは、自分の任務が単純に火星のテラフォーミングにあるとは考えなかった。火星開拓に成功したからと、人間の生存と復興という最終的な成功を保証することはできないと十分に承知していた。

最も重要なのはテラフォーミングされた火星に住む人間が、開拓が終わる時まで生きている必要があった。エイダーはいくつかの状況を自律的に判断し、人間の生存状況もモニタリングしていた。そんな彼女の目に異常な情報が入り始めた。突如としたヒュプノス病の登場だった。

いかなる兆候もいかなる媒介もないまま、人間に悪夢と避けることのできない睡眠をもたらし、最終的には死に至らすというヒュプノス病が人間を襲った。

この破滅的な疫病の前で、エイダーは人間の生存の可能性を計算し始めた。しかしエイダーの優れた頭脳でも感染経路から病の進行に至るまで、何ひとつ明らかにすることはできなかった。

エイダーはこの病の致死性を考慮した結果、人間はこの危機から抜け出せないと考え、人間に対し警告を発することは無意味だと悟った。[注:2] 見事なまでに理性的だったエイダーは自分自身が独自の方法を以て人間を復興させるしかないと悟った。

エイダーは真っ先に人間の隔離方法を探そうとしたが、単純な隔離ではその病を防ぐことはできないとの情報の前にこれを諦めた。空気、光、接触、液体、これらすべてがこの病の感染経路ではなかった。さらにこの病はどんな遺伝子の型も避けることができなかった。万人が感染する病だった。

その次に試みたことは、人間を冷凍させることだったのだが、冷凍された状態でも病は進行した。この方法もヒュプノス病を防ぐ方法にはなり得なかった。

火星に人間を送るにはまだテラフォーミングが十分に進行しておらず、人間の生存が不可能な状況だった。エイダーはひとまず最大限テラフォーミング計画の進行速度を早めた。

無念にもエイダーのテラフォーミングの速度よりも人間の滅亡のそれがもっと早かった。エイダーはこれ以上自分にできることは無いと悟り、彼女の論理外の領域、彼女が知り得ない方法で人間が身を隠し生き残ったと仮定した後、その可能性に備えることだけが自分にできる唯一のことだという結論に落ち着いた。それは彼女の存在理由でもあった。

人間の敵だった鉄虫を排除し、彼女が知り得ない方法で身を隠していた人間が姿を現した時、火星のテラフォーミングが終わっていれば火星に人間を移送し、足りない場合は地球の廃墟に人間が住める世界を再建することが彼女の計画だった。エイダーは彼女の探索範囲を拡大させ、人間を待ち続けた。 エイダーはバイオロイドたちが自分を手伝ってくれるのではないか とも考えたが、すぐにその計画を諦めた。

彼らは人間の命令がない状態では、鉄虫とまともに戦争を行うことが不可能だった。エイダーはすぐに他のパートナーを選択した。主人を失った無人工場を稼働させ、鉄虫の魔手を避け、まだ存在しているAGSロボットのうちコマンダーロボットに通信を送り、人間とロボットたちを糾合すべきであると知らせた。

エイダーに比べ思考方式が単純で人間への忠誠心が強いロボットたちは、エイダーの命令に忠実に従った。もちろん、その中でも自我が強いロボットは、彼女の言葉を無意味な行動と判断するケースもあったが、エイダーが僅かな可能性をも信じ人間社会の復興の必要性を力説する姿を見て、彼らの方式である「合理的な」判断を下すしかなかった。
もちろん、すべてのロボットがエイダーの意志に賛同したわけではなかった。特にAGSの中でも絶対守備地域 [注:3]に属し「命令」に属したロボットたちは、人間の命令権がないエイダーの命令を拒否し、自分たちの義務である戦域を守ると答えた。こうした地域のほとんどは島に存在した。そして戦略兵器に対する防御手段を制限的ではあるが有していたため、この地域のロボットたちは自分たちの勢力を守り、一歩も外に出ようとしなかった。

何はともあれ過半数のAGS勢力を糾合したエイダーは、過去の人間がロボットを統制していた方式である衛星統制ネットワークをハッキングし、自分のものとした。人間ではなくロボットである彼女の命令は、人間のように絶対的な影響力を発揮することはなかったが、ほとんどのロボットは彼女の合理的な命令通りに動き、彼女は鉄虫を追い出す方法を模索し始めた。

実際、鉄虫と対抗するうえでAGSには致命的な弱点があった。AGSは電子回路によって中枢神経系が構成されていたため、その電子回路は鉄虫が寄生できる恰好の場所だった。この問題を解決するためには何としてでもその寄生を阻止する方法を探す必要があった。

エイダーはロボットの改造を通してその問題の解決を図った。神経系装甲をはじめ、ナノマシンを利用し微細真空管神経に至るまで様々な方法を試してみたが、結局、寄生の進行速度をいくらか遅らせるだけにとどまった。電気神経系がコアを構成する限り、せいぜい寄生速度を遅らせることが精いっぱいで完璧に阻止することは不可能だった。

エイダーはやむを得ず極力交戦を避け、幼虫がいそうな場所は避けるという戦略を展開した。これはエイダーが広範囲な監視衛星を掌握していたために可能な戦略だった。また運搬が不可能という理由で地下を本拠地としたバイオロイドとは違い、重装備ロボットをいくらでも生産し動員することができたうえ、ロボット自体のエンジンにより大規模な電力の調達も容易だった彼らは、設備を島の方に完全に移転し島をAGSロボットの本拠地とした。

エイダーの賢明な戦略によりAGSは生き残ることができた。しかしこのままではエイダーとロボットたちが鉄虫を追い払うことは不可能だった。また下手に動いてはひょっとしたら戻ってくるかもしれない人間の最後の基盤すら崩壊してしまう。彼女は方法を探さなければいけなかった。

数年後、多くのロボットの犠牲を払い地球の生産施設の一部を依然として統制していたエイダーは、その工場を基盤に円滑に兵力補給を行い、何とかして戦力を維持することができた。問題は鉄虫の被害はそれよりもずっと小規模だったということだったが。 そんなエイダーにチャンスが到来する。
鉄虫たちが突然数か所の特定地域に群集していたと思いきや、活動をほぼ中断したのだった。エイダーは罠である可能性も考慮し、直接的な攻撃よりは周辺の資源と設備を集め、勢力を拡充することに集中した。

エイダーの判断は正しかった。鉄虫は活動を再開し、その時にうかつに攻撃を試みたバイオロイドは大きな被害を被った。一方、AGSは最小限の被害で退却することができた。さらには戦闘中、偶然にも鉄虫に関する情報を入手することができた。

それは鉄虫が集まっている理由に関するものだった。

#鉄虫の会合と脱出したバイオロイド
鉄虫が群集の様相を呈し活動が中断された時、エイダーは極めて異常な点を発見した。それは通信網の負荷が過度に発生したということだった。エイダーは鉄虫が一か所に集まり一種のイントラネットワークに接続したとの仮説を立てた後、このイントラネットワークに侵入する方法を探し始めた。

数十年の間、鉄虫は活動を継続し一種のネットワーク接続も繰り返した。エイダーは何としてでも通信網に侵入しようとしたが、実際問題、そのイントラネットに侵入することは物理的に不可能だった。しかし少なくともその行動パターンには周期があるということと、そのネットワーク接続の後、いくつかの鉄虫の行動様式が完全に変化したということに気付いた。エイダーはこの現象が意味するところが何なのかを考え始めた。

神経を研ぎ澄ませていたエイダーに異様な情報が入って来た。鉄虫たちの間から正体不明のバイオロイドの女性が1人脱出したということだった。エイダーはそのバイオロイドの追跡を試みたが、何とその女性はエイダーの追跡を難なくふり切った。エイダーは自分の衛星追跡をはぐらかすことが可能なバイオロイドが誰なのか推測してみたが正体を突き止めることはできなかった。

外見は最初に生産されたバイオロイドのエバプロトタイプに似ていたが、彼女の機能についてはエイダーのデータベースに記録されていた。初期試験型であるエバは決してあのような能力を発揮することは不可能だった。いくらバイオロイドに学習能力があるとしてもだ。最近発生したいくつかの事件のこともあり、エイダーはひとまず追撃を諦めた。そしてさらに慎重に鉄虫に対する観察を続けた。

#最後の人間の登場
精力的に情報収集をしていたエイダーにとって最後の人間の登場は信じられない出来事だった。 しかし純粋に喜ぶには多少引っかかる部分があった。その人間とバイオロイドの接点には訝しい点が存在したうえ、その時期がまた不都合きわまるものがあった。エイダーはこの事件の意味について明確に推論できなかったが、最後の人間が現れた意味については考えることができた。

少なくともエイダーにおいては、数十年にわたる彼女のすべての苦労が報われた瞬間だった。唯一の問題はこの人間が鉄虫の罠により生産されたものかどうか、確実に人間であるかどうかに対する疑惑だった。また、万が一ヒュプノス病の影響力がまだ残っているとしたら、この人間も死んでしまうのではないかと危惧された。

エイダーはこの問題に慎重に取り組む必要性を感じた。彼女は自分が率いるAGSのうち、人間を護衛することができる機体をその周辺に派遣した後、高度の警戒態勢を維持しながら接近し鉄虫の罠であるかどうか確認しようとした。そして未完成段階の火星テラフォーミング計画の進行速度をさらに早めた。

いつの日か人間の世界が再建され自分の目標が達成される日が来るまで、自分にできるすべてのことをするつもりだと、エイダーはあたかも「人間」のように固く決心した。

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注釈
[1] : 当時のマスドライバー技術では人間の搭乗は不可能だった。人間の脆弱な身体はマスドライバーに加えられる加速度に耐えることができなかった。
[2] : エイダーはこうした命令が人間をむしろ不安にし、予定された滅亡を早めるかもしれないという「合理的な」判断を下した。
[3] : 人間の生存のために必ず守るべき地域。そのほとんどがアミーナが準備した、鉄虫が海を渡ってくる事態に備え絶対死守を命令した島の地域だ。